4月から、がん医療の“価格”が大きく変わる

 現在、医療機関にかかってがんの治療や療養をしている人の中には、同じ医療を受けても4月1日から窓口で支払う医療費が変わる人が出てくる見込みだ。今年は2年に1度の診療報酬(医療行為に対して医療機関に支払われる値段)が改定される年で、がん医療に関連するさまざまな診療に関して報酬が引き上げられたからだ。国は何を狙っていて、いったい現場で何が起ころうとしているのだろうか。患者さんの目線で見ていきたい。
(日本医療政策機構 がん政策情報センター 沢口絵美子、埴岡健一)
沢口絵美子(さわぐち えみこ)
NPO法人 日本医療政策機構 市民医療協議会
厚生政策情報センターWIC REPORT編集長などを経て、2009年より日本医療政策機構に参画。患者アドボケートの育成支援を担当。
埴岡健一(はにおか けんいち)
NPO法人 日本医療政策機構 理事
日経ビジネス記者、ニューヨーク支局長、副編集長などを経て、1999年骨髄移植推進財団事務局長。08年より日本医療政策機構市民医療協議会共同議長、がん政策情報センター長。厚労省がん対策推進協議会委員ほか。  4月からの主な変更点をいくつかご紹介しよう。まず、「拠点病院」などへの報酬の引き上げがある。
●“がん難民”問題解決への策
 「拠点病院」という言葉をご存じだろうか。がん医療では、「がん診療連携拠点病院(以下、がん拠点病院)」と呼ばれる病院がある。がん医療において、地域の中核的な役割(機能)を果たす特別な病院として、他の医療機関とは一線を画すために、これまで国が全国を三百数十カ所に区分した二次医療圏ごとに、おおよそ一つずつのペースで指定を行ってきた。これらの拠点病院ではこれまで、がんと分かって入院する患者さん一人ごとに4000円の収入があった。これが今回5000円に引き上げられた。年間新たに1000人の入院患者がいる病院なら、400万円から500万円に収入が増えることになる。この引き上げは、国が拠点病院を強化していこうという意図が込められたものだが、同時に、拠点病院に求められる機能と役割もより高い水準となった。

 “がん難民”という言葉があるのをご存じだろう。がん治療を受けている患者さんが、治療が一区切り着いた際に、その病院からは「もう来なくてもいいですよ」などと言われ、一方で、これからどの病院にかかればいいかは紹介してもらえず、診てもらう病院を自分で探さなければならない状況に置かれた患者のことを指す。がん難民が発生していることは大きな問題とされ、その解消策が求められている。医療機関が次の医療機関にきっちりと患者さんを受け渡しすることが大切で、そうした病院の連携を確実に担保していく策が必要だ。

 今回、こうしたがん難民対策に寄与する可能性がある新たな策が盛り込まれた。がん診療の連携に対して、新たに診療報酬として「がん治療連携計画策定料」と「がん治療連携指導料」が認められた。具体的には、がん患者さんの退院後の治療をあらかじめ策定・共有された計画に基づいて連携して行うというもので、計画を立てた病院(計画策定病院)から退院するときと、連携先の病院が継続して行う診療について計画策定病院に情報を提供するときに、診療情報に関する文書のやりとりにそれぞれ7500円と3000円の診療報酬が支払われる。

 患者を「出す」病院にとっては退院時の文書作成によって、適切な医療機関に転院を促すことができ、収入にもなる。受け入れた医療機関側も、紹介元に定期的に診療情報を提供することで、その度に収入が得られる。いわゆる“がん難民”を減らす方策として、一定の効果が期待されている。

 しかし、ここで置き去りにされてはならないのは、「患者の思い」だろう。治療計画策定時は、患者への説明と同意のプロセスを経ることが明記されているものの、患者自身が医師や病院に転院や医療機関の選択を任せきりにしていては、自らが望む医療を受けられなくなる可能性がある。自分に合った治療計画への変更や、仕事や家族の状況に合った療養環境の選択など、いつも相談できる体制づくりが望まれる。

 宮城県でがん患者の退院時サポートに取り組む郷内淳子さん(カトレアの森 会長)は、がん拠点病院が地域連携をもっと重視し、ていねいな患者紹介を広めることに期待を寄せている。「拠点病院を退院したからといって、治療が終わることはない。これまでがん領域では、連携を評価する点数が付かないことが、現場の対応が進まない理由となっていた。今回の診療報酬改定によって、やっとスタートが切れると思う。地域の医療機関同士の情報交換が本当の意味で密接になり、がん難民を減らすことが期待される」

●がん治療と説明に対する報酬も充実
 がん治療には欠かせない外来化学療法や放射線治療についても、それぞれ診療報酬が引き上げられた。外来化学療法は、複雑化・高度化への対応として引き上げられ、また、老人保健施設の入所者に対しても外来化学療法が行えるようになる。放射線治療に関しても質の管理や患部にピンポイントで照射する方法など、いくつかの行為に関して報酬が引き上げられた。

 がん患者に対して丁寧な説明が行われるよう、「がん患者カウンセリング料」が新たに設けられた。高知県がん相談センターのセンター長として日頃から患者さんの相談に応じる安岡佑莉子さん(高知がん患者会「一喜会」会長)は、カウンセリングの充実への期待を次のように話す。

 「一番重要なのは、説明を受けた患者が理解できているかどうか。医師も忙しい中で説明の時間を取ってくれているが、患者が何度も聞き返したときに、冷たい反応をされると、それだけでコミュニケーションが立ちいかなくなってしまう。私が期待するのは、同席する看護師やMSW(メディカルソーシャルワーカー)の存在。彼らが2回目以降の説明を補足的に行ったり精神的な不安を軽減できる体制をつくることを、患者さんは求めている。実施する医療機関には、この点数のあるべき姿をよく理解してもらい、患者さんが負担するだけの価値が還元されるように運用してもらいたい」

●緩和ケアやリハビリテーションも強化へ
 十分な緩和ケアを現在受けることができているのは、おそらく一握りの患者さんだけだろう。がん拠点病院の間でも、質の高い緩和ケアが提供できるところと、それ以外の差が激しいといわれている。

 今回の診療報酬改定では、その現状を改善しようといくつかの対策が採用された。まず、入院における緩和ケア診療への点数(緩和ケア診療加算)は、緩和ケアに関する研修を修了した医師による指導を必須とするよう見直しが行われ、1入院当たり3000円から4000円に点数が引き上げられた。また、がんの痛みを緩和する目的で計画的に麻薬を処方する指導・管理への点数(がん性疼痛緩和指導管理料)を得る条件に、新たなものが加わった。金額は月1000円で以前と変わらないが、ここでも、緩和ケアに関する研修を修了した医師による指導を必須とすることになったのだ。

 さらに、同様にがん患者のQOL(生活の質)に関わる領域で、がん患者が治療後早期からリハビリテーションを受けることで身体機能の低下を最小限に抑えることを狙って、「がん患者リハビリテーション料」が新たに設けられた。

 緩和ケア診療への必須条件となった研修は、今後、内容の拡充も求められているが、まずは質の担保に向けて、スタートを切ったといったところだろうか。鹿児島で医師対象の緩和ケア研修会を見学した三好綾さん(がんサポートかごしま代表)は、その感想を語ってくれた。

 「今回、緩和ケア研修が必須になったことは、とても良い取り組みだと思う。私が見学した研修でも、医師同士でロールプレイをするなど、実践で役立つ内容だった。ただ、医師が作ったものなので、患者さんの気持ちや理解度をより深く把握するために、当事者(患者)目線を取り入れる必要がある。そこに、患者会としても協力できることがあると感じている。基礎研修だけに満足することなく、応用的な内容まで発展させてもらいたいと、強く願っている」

 ただ、緩和ケア診療を担う医療機関からみると、緩和ケアの特性上、規定よりもプライバシーに配慮した個室の環境を整えなければならないなどの理由で、施設の維持や管理にかなりの経費がかかるという。また、専門的なスタッフの流動も激しいため、雇用の確保にも費用がかかり、継続したサービスの提供は困難を極めるという。だからこそ、診療報酬の引き上げなどでその費用や労力が賄えるようにしなければならないのだが、緩和ケアの普及のためには、人材の育成や利用者への啓発に関する補助金も含め、診療報酬以外での政策的な支援も必要だろう。

 これまで見てきたような診療報酬の値上げや新設は、がん医療の質を上げ、問題点を解決し、がん患者さんのニーズに応えようと意図したものだ。報酬を引き上げることで、良いがん診療や連携が誘導され広がることが期待されている。