(1)死に方を選べるなら、がんがいい

 評論家・ジャーナリストの立花隆さんは2007年、膀胱がんで手術を受けました。がん研究の最前線に迫るテレビ番組を手がけてもいます。がんとどう向き合うかを聞きました。(聞き手=医療情報部・田中秀一)
立花隆(たちばな・たかし)1940年、長崎県生まれ。東大仏文科卒。東大、立教大特任教授。著書に「田中角栄研究」「脳死」など。
立花さんのがん体験 2007年11月、取材で超音波検査を受け、膀胱にポリープ状の病変が見つかった。翌月、血尿が出て、内視鏡検査の結果、がんと分かり、膀胱を温存する手術を受けた。転移はなく、定期検査を続けている。

 ――がんは日本人の関心が最も高い病気だと思います。立花さんも、がんに関する仕事をされていますね。
 立花 僕は心臓病でカテーテル治療を受けていて、リスクから言うと、心臓のほうが高い。それに比べると、がんはどうってことありません。がんに関心があるのは面白い病気だからです。
 がんは複雑で、一般論が成り立たない病気であることが、研究が進むほど分かってきました。「がんとはこういうものです」という人の言うことが必ずしも一般的に正しくない。「がんは治る」「がんは治らない」、どちらも正しいといえる。がんの特徴は転移と浸潤にありますが、細かい過程はよくわかっていないところがあります。
 転移には、リンパ性の転移と血液の転移があり、他の臓器への遠隔転移は血液で転移します。最新の研究では、血液の中では、これまで考えられてきた100倍、1000倍のがん細胞が流れていることがわかってきた。しかも、それを同定することもできる。がん患者の血液の中をがん細胞がどんどん流れ、漂着した先でコロニー(植民地)をつくろうとするが、なかなか育たない。それが日常的にがん患者の体の中で起きている。その認識がないと、がんに対するものの考え方を間違えます。
 ――がんは怖い、というイメージが強くあります。
 立花 がんの本質を考えると、生きていること自体ががんを育てていることです。人間はがんから逃れることができません。
 しかし、医師の中にも、「死に方を自分で選べるとすると、がんがいい」という人がけっこういます。なぜかというと、バタンと死ぬわけではなく、ゆっくり進みますから。自分も、自分の周囲の人間も、その人が死に向かっていくのを受容するゆとりのある病気です。
 日本のがん対策の基本的考え方が変わって、緩和ケアが大事だという方向になっています。日本はこれまでそこをちゃんとしていなくて、痛みのケアを十分にやらなかった。国際比較で、痛みをとるモルヒネの使用量が、日本では非常に少ない。それをきちっとやってもらえば、がんの末期はそれほど苦しまないで済みます。モルヒネは麻薬であることから、日本では敵対的な感情がありますから、緩和ケアに至ることが人生の敗北のように考える人が多い。それで緩和ケアを受けずに苦しい思いをする人がいます。
 その一因は、がんの進行の流れのどこにあるか、本人がよく説明を受けていないことです。がんであることはもちろん言うが、死に至るがんの流れの中で、今どこにあるかということを医師は必ずしも言わないし、家族にある程度言っても、本人に必ずしも伝わっていない。それが大きな問題です。(2010年6月24日 読売新聞)