(2)抗がん剤で、がんと闘うべきか

 ――抗がん剤などによる治療が進歩していると言われています。
 立花 抗がん剤にもいろいろあります。もともと毒ガスから始まっている薬品で、細胞に対する猛毒です。ある種の抗がん剤について、高名な遺伝子の研究者が「人間の生命活動の一番基本的なところを破壊する。そんな恐ろしいものは僕なら使いません」と言っていました。大腸がんで亡くなった物理学者、戸塚洋二さんは、ブログで闘病記を残し、どの抗がん剤を使い、どんな効果や副作用があったか克明に記していますが、体がぼろぼろになっていく。僕はああいう薬は使いたくない。最近登場してきた分子標的薬とは性質が違いますが、分子標的薬も、そうした抗がん剤とセットで使っているわけです。
 ――分子標的薬はどうですか。
 立花 分子標的薬はピンポイントで効きますが、どこを標的にするかで相当違います。がんが増殖する経路の一つを薬でつぶしたとしても、迂回路が出来る。その繰り返しなんです。ある時は確かに効くけれど、迂回路ができるのに2か月。だから、2か月たつと効かなくなっていきます。治療を始めると、2か月ごとに新しい薬を使うしかない。しかし、いくつも薬があるわけではないので、ある程度やると、「もうありません」ということになる。あとは一般的な細胞毒のある薬を投入するしかない。
 新しい抗がん剤が登場して、治療が進歩しているという情報が広がりすぎています。たいていの薬は限界があって、がんの薬の成功は一時的。それに意味があると考えるかどうかは、個人の価値観によります。抗がん剤が寿命を延ばす効果は、せいぜい2か月程度のことが多いですが、そのために副作用でQOL(生活の質)を下げる覚悟があるか、ということになります。
 ――今後、がんの画期的な新薬が出てくる期待は持てませんか。
 立花 近い将来に、画期的な薬や治療法が出てくる可能性はないです。がんがどういうものか、よくわかっていませんから。がんの正体が何なのか、ゲノムで解析しなければ、薬や治療法の見通しも開けない。
 ――作家の柳美里さんは、「がん患者は、画期的治療が出てくることに望みをかけて治療を続けている」という趣旨のことを書いています。
 立花 それは幻想。あり得ないと考えていい。慶応大学の放射線科医の近藤誠さんは、「抗がん剤では、がんは治らない」と言って論争になりましたが、基本的に彼の言っていることはほとんど正しい。がんの専門医との内輪話で、「近藤さんが言っていることは正しいということですか」と聞くと、「そうですよ」と言う。医師たちは知っているわけです。「抗がん剤でがんが治りました」というのは、極めて特殊な場合に少数あるのかもしれないが、一般的に抗がん剤でバラ色の未来が開けている、ということはない。
 抗がん剤の製薬企業から医師に多くの研究資金が渡っていて、医学論文には研究者が抗がん剤のメーカーとどういう資金関係があるか明示しなければならない。学会を開く費用にも製薬会社の資金が使われている。だから、抗がん剤に否定的なことを言う人は多数派になりません。(2010年6月25日 読売新聞)