−第48回癌治療学会学術集会レポート

2010年10月28から30日に、京都府京都市国立京都国際会館、グランドプリンスホテル京都)で、第48回日本癌治療学会学術集会が開催された。初日の開会式前に、メインホールで行われた特別企画「定点観測:がん対策基本法、がん対策推進基本計画に基づくわが国のがん医療」では、基本法施行以降のがん対策についての総括と提言がなされ、3日間に渡る同会の幕開けを飾った。
http://ganseisaku.net/practices/reports/domestic/gan_gakkai_48.1.html(一日目)
http://ganseisaku.net/practices/reports/domestic/gan_gakkai_48.2.html(二日目)
http://ganseisaku.net/practices/reports/domestic/gan_gakkai_48.3.html(最終日)
 2007年のがん対策基本法(以下、基本法)の施行や、それに基づくがん対策推進基本計画(以下、基本計画)の実施から、3年半が経った。基本計画では、全体として計10年間での目標達成を目指しているが、少なくとも5年ごとに検討し、必要に応じて見直すことが義務付けられている。現在、12年度からスタートする、第2期基本計画の策定に向けた議論も活発化しつつある。
 10年6月、厚生労働省では、がん対策推進協議会(以下、協議会)委員から、第1期基本計画に定めた目標などの進捗状況などについて意見を聞き、中間報告書にまとめた。こうした経緯を踏まえて、特別企画「定点観測:がん対策基本法、がん対策推進基本計画に基づくわが国のがん医療」では、行政、医療者、患者・家族という様々な立場の6人の演者が、それぞれの観点から“中間評価”を行った。
 今会会長で、同企画の司会を務める京都府立医科大学大学院泌尿器外科学教授の三木恒治さんは、冒頭で「全国でこの施策を実際のものにしようと努力がなされている。何がどこまで進んでいるのかを各領域の専門の先生にまとめていただき、フロアのみなさん方と一緒に問題を考えていきたい」と、呼びかけた。
全体目標では“質”の評価焦点に
 基本計画では、次の2つの全体目標が位置づけられている。 
全体目標
1.がんによる死亡者の減少(75歳未満の年齢調整死亡率の20%減少)
2.すべてのがん患者及びその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上 
 この全体目標の1.について、国立がん研究センター・がん対策情報センターがん情報・統計部部長の祖父江友孝さんは、05年以降、死亡率が年約2%ずつ減少し、10年間で20%減という目標に向け順調に推移していると分析した。ただし、この数値が、がん対策によるものかはわからないと前置きしたうえで、「過去、死亡率を減少させた要因がどれくらい寄与したかを推定したうえで、将来の対策を考えていくというモデルづくりが必要」と、強調した。
 また、急速な高齢化により日本では、30年にはがん死亡者のうち80歳以上の占める割合が、半数を超えると推計されている。これは、ドイツなど他の先進国を20年先取りする情勢だ。祖父江さんは、75歳以上の人口が増えることで、目標2.の「苦痛の軽減や療養生活の質の維持向上が、重要になる。この目標を評価する指標ができていないのは大きな問題」と、早期の検討をうながした。この点については、他の発表者からも指摘があり、がん医療におけるQOL(Quality of Life:生活の質)をどう評価していくかが、今後重要な課題となることがうかがわれた。
個別目標では量的整備は進展
 基本計画では、こうした全体目標の下に、分野別施策と、成果や達成度を評価するための個別目標が設定されている。例えば、「医療機関の整備等」については、3年以内に二次医療圏に1カ所程度の拠点病院整備といった個別目標が、「在宅医療」では、住み慣れた家庭・地域での療養を選択できる患者数の増加といった目標が盛り込まれている。
 このうち重点的に取り組むべき課題の一つに、「放射線療法、化学療法の推進や、それらを専門とする医師などの育成」が位置づけられている。その進捗状況について、近畿大学医学部腫瘍内科特任教授の西條長宏さんと、京都大学医学部放射線治療科教授の平岡真寛さんがそれぞれ発表。がん薬物療法や、放射線治療の専門医・医療職の育成が進み、人数が増えていることが示された。
 そのなかで、がんの専門医、専門医療提供者の大学院での養成プログラムに対し、文部科学省補助金を付ける「がんプロフェッショナル養成プラン」の貢献も指摘された。これは、07年度からの5年間の事業で、現在、全国64大学が参加し18プログラムが実施されている。来年度が最終年度に当たることもあり、西條さん、平岡さんはともにその継続を強く求めた。
 読売新聞東京本社の本田麻由美さんは、協議会委員、患者、ジャーナリストの立場から、厚生労働省の中間報告から見えてきた全般的な課題を挙げた。なかでも在宅医療について、在宅医から「基本法ができて、かえって在宅医療がやりにくくなった」と言われた体験を明かし、「目的は患者の在宅死ではなく、家で過ごしたいと願う患者、家族を支援すること。在宅医療の質を評価するための、新たな指標を検討したほうがいいと思う」と、提言した。
がん条例で地域の盛り上がり継続する仕組みを
 このシンポジウムでは、第2期基本計画の策定に向け、個別目標の設定のあり方にも注目された。施設整備や人材育成など量的な整備ばかりが進み、質の評価が取り残されているという意見も、複数の発表者から共通して訴えられた。
 協議会委員を務める、当機構がん政策情報センターセンター長の埴岡健一は、今の個別目標では、拠点病院の体制整備や緩和ケア研修の実施、相談支援センターの設置など、設備・システム面の対策のみが評価指標として掲げられていることに触れ、「物事の外形だけを指標としていて、質やアウトカムを問うていないのが問題」と指摘した。
 さらに、がん対策の実施体制についても言及。協議会の運営体制の見直しを提言するとともに、がん対策予算の都道府県格差、国と地方自治体のコミュニケーション不足、都道府県がん診療連携協議会の形骸化といった運用体制の問題点を指摘した。
 埴岡は、国・都道府県レベルのがん対策の体系を整理して示し、「全体が関連してうまく回ることが必要」と強調。現在、10県ほどにのぼるがん条例の制定の動きも紹介し、「条例ができたことでがん対策を見守る委員会を設置するなど、地域の盛り上がりが継続する仕組みができてくる。地域でがん対策を推進していくには条例が有効」と、語った。
 発表後のディスカッションでは、医療提供者や国民の関心を高めることの重要性も指摘された。本田さんは、「国民が関心を持たなくなったら、予算は減ってしまうと思う。そのためにも、関心を持ち続けてもらうための努力がとても大事。もう少し国民の皆さんに、がん対策は自分のことなのだとわかってもらうようアピールの仕方を考えていく必要がある」と、訴えた。
 一方、厚生労働省健康局がん対策推進室室長の鈴木健彦さんは、フロアの参加者に対して「基本法では、国、地方公共団体医療保険者、国民、医療提供者それぞれの責務が記載されている。皆さんも法律の中で計画の推進に関してプレーヤーの1人であるということをきちんと認識していただきたい」と促し、がん対策への協力を呼びかけた。最後に埴岡が、「第2期計画をつくるまでの1年半というのは、とても大事な時期。これまでにできたこと、できなかったことを謙虚に振り返って次の計画に生かしていくべき」と、締めくくった。
 最初の折り返し地点が見えてきた今、今回のシンポジウムでは、これまでの基本計画やがん対策を振り返ることに軸足が置かれた。日本人の2人に1人ががんになるといわれる時代、ここであがった課題に対して患者・市民の声をがん対策に反映させることが大切だ。司会の三木さんも、「学会として今日の話をもう一度細かく分析し、来年の学会までに提言をつくっていけたらと思っている」と述べ、次会にバトンをつなぐ意思を表明した。(ライター 利根川恵子)