−年齢調整死亡率とは

 がん対策基本法を実現するがん対策推進基本計画が掲げる目標の一つ、「がん死亡率の2割減」の死亡率とは「年齢調整死亡率」のことです。「年齢調整」とは、どういう意味でしょうか?
 がんは、細胞の老化といえますから、基本的に年齢とともに増えていきます。日本が「世界一のがん大国」となった大きな要因です。10万人あたりのがん死亡数を「粗死亡率」と呼びますが、高齢者が多い山村と若者が多い都会を比べれば、山村の粗死亡率が当然高くなります。年齢構成が異なる場合、がん死亡の多さを粗死亡率で比較するのはフェアとはいえません。
 「年齢調整死亡率」は、対象地域の各年齢別の死亡率を1985年当時の各年齢の人口割合にあてはめ、補正した死亡率です。これを使えば、年齢構成の違いを気にせず、がん死亡率を比較できます。
 日本のがんの年齢調整死亡率は、国際的にトップクラスとはいえ、90年代以降、ゆるやかに減少しています。早期発見や医療技術の進歩のおかげと言えます。しかし、僕は「年齢調整死亡率が減ればよい」とは思っていません。年齢調整死亡率を使う根底には、「人間は年齢の分だけ年老いる」という前提があると思いますが、僕は、日本人が「若くなっている」ことを忘れてはいけないと考えます。
 例えば、「サザエさん」のお父さんの磯野波平さんと歌手の郷ひろみさんは同年代です。郷さんは今年55歳になりましたが、波平さんは60年以上前に作品が発表されたときから54歳です。波平さんの妻のフネさんは原作では48歳ですが、女優の由美かおるさんは還暦です。現代の年齢感覚は60年前とまったく違うのです。直腸がんで、4回の手術や抗がん剤治療を受けたジャーナリストの鳥越俊太郎さんは、今年70歳です。髪もふさふさで元気いっぱいです。
 日本人が昔より「若くなっている」ことは間違いありませんから、「戸籍上の年齢」で調整した死亡率の減少を目標にしてよいのか疑問です。欧米のように、がんによる死亡者数自体も減っていくことが望ましいと思います。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)毎日新聞 2010年12月5日 東京朝刊